福岡地方裁判所 昭和24年(ワ)528号 判決
原告 山口栄
被告 黒田三郎吉
一、主 文
被告は原告に対し黒糖千二百斤の引渡を受くると引換に金三十一万二千円及び之に対する昭和二十四年十月二十九日より右完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支拂うべきである。原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分しその二を被告の負担としその余はこれを原告の負担とする。
本判決は原告に於て金八万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金三十一万二千円及び之に対する昭和二十四年十月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支拂うべきである、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求むる旨申立て請求の原因として原告は昭和二十四年六月二十六日被告から菓子製造用として黒糖千五百斤を代金は一斤につき金二百六十円と定めて代金合計金三十九万円で買受くる契約を結び同月二十八日右代金全部を支拂い黒糖千五百斤の引渡をうけた。而して右黒糖は被告の言に依ると種ケ島産であるとのことで原告もそれを信じてゐた。ところが右黒糖は密輸品であるとの理由で同年八月十二日門司税関差押官吏によつて当時原告が一部を消費して残つてゐた千二百斤は差押えられ引続き訴外大藪政義外一名の関税法違反被疑事件の証拠品として福岡地方檢察廳により押收を継続せられ更に同年九月一日右訴外人等は福岡地方裁判所に起訴せられ関税法違反被告事件として繋属中であつて原告は再三これが還付を請求したが、未だ押收中である。これは本件賣買契約の目的物たる黒糖に密輸入品であるという隠れた瑕疵があつたことに因るものであり、このため原告は右黒糖を菓子製造用に消費することが出來ず、從つて本件賣買契約をなした目的を達することが出來ないから右賣買契約のうち黒糖千二百斤に関する部分は本訴状の送達をもつてこれが解除の意思表示をする。よつて原告は被告に対し右黒糖千二百斤の代金三十一万二千円及び之に対する本訴状送達の翌日である昭和二十四年十月二十九日より完済に至る迄法定の年五分の割合に依る遅延損害金の支拂を求むるため本訴に及ぶと陳述し被告の抗弁に対して本件黒糖の引渡は原告の責に帰すべからざる事由により履行することが出來ないから刑事訴訟法上の還付請求権を被告に譲渡することによつて原告の原状回復義務は履行されたことになると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として被告が原告主張のように原告と黒糖千五百斤の賣買契約をなし代金の支拂を受け黒糖の引渡を完了したこと、右黒糖が密輸入品であることを原告が知らなかつたこと、右黒糖が原告主張のように押收され現在福岡地方裁判所に繋属中の大藪政義外一名に対する関税法違反被告事件の証拠物件としていまなお押收中であることは何れもこれを認めるがその余の事実は否認する。
そして原告は右黒糖の還付を請求すれば還付決定を得られる筈であるから契約をなした目的を達することが出來ないという原告の主張は理由がなく、從つて原告の契約解除はその効なきものであると述べ抗弁として仮に右解除が有効であるならば原告は被告に対し原状回復義務として黒糖千二百斤を引渡すべきであるが、これと被告の原告に対する代金返還債務とは同時に履行せらるべきものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十四年六月二十六日被告から黒糖千五百斤を密輸入品であることを知らないで代金合計三十九万円で買受くべき契約を締結しその代金を支拂い黒糖の引渡をうけたところ右黒糖中千二百斤が訴外大藪政義外一名の関税法違反事件の証拠品として税関に押收され、右事件は現在福岡地方裁判所に被告事件として繋属中であつて右黒糖がいまなお押收中であることは当事者間に爭がない。
原告は本件賣買契約の目的物たる黒糖が密輸入品であるという隠れた瑕疵を有していたことに依り押收され契約の目的を達することが出來なくなつたと主張するからこの点につき審究するに賣買の目的物に瑕疵があるとは其の物が通常又は契約上具有すべき性質を欠如することであつてそれは單に目的物の物質上の欠陥のみでなくその利用が法律上制限される場合も包含するものと解すべきところ本件黒糖千二百斤は大藪政義外一名の関税法違反被告事件の証拠品として押收され、右事件は目下福岡地方裁判所に繋属中であることは前認定の通りであるから関税法により貨物の輸出入には免許を要することと定められてある結果として本件黒糖は密輸入品であつた爲に押收されたのであつてそのために原告は右黒糖を即時に利用することを制限され賣買契約をなした目的を達することができない状態にあるものと解すべきである。而して賣買契約の履行として賣主が原告に引渡すべき目的物が密輸入品であつて押收されるという様なことがないということは目的物が通常具有すべき性質であると解すべきであるから本件賣買契約の目的物には隠れた瑕疵があつてそのために原告は右契約の目的を達することが出來なくなつたものと謂うべきである。
而して本件賣買契約中黒糖千二百斤に関する部分を解除すべき旨の原告の意思表示が昭和二十四年十月二十八日被告に到達したことは記録上明白であるから被告はその原状回復義務として原告に対し代金三十一万二千円及び之に対する契約解除の日の翌日である同年十月二十九日より完済に至るまで法定の年五分の割合に依る遅延利息を支拂うべき義務あるものとする。
そこで被告の同時履行の抗弁について考えてみるに原告は被告に対し原状回復義務として右賣買契約の目的物たる黒糖千二百斤を返還すべくこれと被告の原告に対する代金返還債務とが双務契約解除の効果として同時履行の関係にあることは論のないところである。原告は本件黒糖は押收中であるから返還不能であると主張するけれども原告が本件黒糖が密輸入品であるということについて善意である限り早晩右黒糖千二百斤は原告に還付されることは明白であるばかりでなく黒糖は性質上代替物であるから返還不能であるとする原告の主張は理由がない。還付請求権を被告に譲渡するのみでは原告の原状回復義務を完全に履行したとはいえないからこの点に関する原告の主張は固より理由なきものと謂はざるを得ない。そこで原告は右代金と引換に右黒糖千二百斤を被告に引渡すべき義務あるものとする。
それ故に原告の本訴請求は黒糖千二百斤と引換に前記の代金及利息を求むる限度に於て理由ありとして之を認容しその余は理由なしとしてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九十二條を仮執行の宣言につき同法第百九十六條第一項をそれぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 川淵幸雄)